「 鍼灸(しんきゅう)ニュースレター No. 8 」をリリース - 介護予防と鍼灸治療

鍼灸Newsletter しんきゅうニュースレター  No.8 2010年9月発行

Topic
「介護予防」と鍼灸治療

◆高齢社会~平均寿命と健康寿命を考える
 国立長寿医療研究センター 所長 鈴木隆雄さん
◆介護予防は東洋医学の得意分野~現場で活躍する鍼灸師
 全日本鍼灸マッサージ師会 介護事業推進委員
 川崎市介護支援専門員連絡会 会長 小川眞悟さん

Salon
“日本の鍼”がサッカーワールドカップの審判団を支えた!
FIFAレフェリー支援プロジェクトメンバーの日本人鍼灸師

News&Information
1.8月9日「はりきゅうマッサージの日」イベントレポート
2.がんの苦痛緩和など、西洋医学を鍼灸治療で補完
~三重大学医学部付属病院に「統合医療・鍼灸外来」を開設

「介護予防」と鍼灸治療

 2005年9月現在、総務省の推計によると、日本の高齢人口は2553万人。この数字は総人口の20%、つまり5人に1人が高齢者ということになります。2015年には、団塊世代がすべて65歳以上となるために、この間の高齢人口の急増を「2015年問題」とも呼ばれています。

 介護保険が発足されて10年。この介護分野において、鍼灸治療が実績を出し、鍼灸師たちが社会的地位を築いてきていることは、まだあまり知られていません。今回は、今後ますます需要が高まる介護分野で期待される鍼灸治療について紹介します。

 はじめに、長寿科学や老年学、老年医学に関して、日本で唯一の総合的かつ中核的な国立研究機関、独立行政法人国立長寿医療研究センター所長の鈴木隆雄さんより、高齢社会について話を伺いました。

高齢社会 ~平均寿命と健康寿命を考える~

健康寿命が長い日本
 現在、長寿社会を迎えている多くの先進国の中でも、平均寿命だけをこれ以上延ばすことを目的に掲げている国はないと思います。人間は、どんなに「死にたくない」と言っても99.9%は110歳までに亡くなります。ですから、110歳でがんや脳卒中になったとして、それを治せというのは、果たしてどれだけ意味があるのでしょうか。我々医療に携わる者のみならず、一般の方々もそのことは肌で感じているのではないでしょうか。

 それは単に寿命にこだわるよりも、いかにQOL(Quality of Life)を高く、長く維持するかが重要であり、最近はこのことを意味してよく健康寿命という用語が用いられるようになりました。この健康寿命の算出の方法については、いくつかあり、世界保健機関(WHO)ではADL(Activities of Daily Living)という日常生活動作能力の基準に則って、基準に満たない人を不健康と定義していますが、日本の場合は、介護保険という制度がありますから、要介護認定を受けて介護保険のサービスを受けた人を健康ではないと規定します。そこで健康寿命は、その集団と各年齢ごとの平均寿命、介護サービスを受けている人の割合、性別年齢別の割合を算出し、それらを平均化して算出するわけです。

 WHOでも平均寿命だけではなく、日本の算出方法とは異なりますが、世界各国の健康寿命を発表しています。日本の平均寿命が世界第1位というのはよく知られていると思いますが、健康寿命についても、実は日本が第1位なのです。日本人の健康寿命が長いというのは、一面でQOLの高いことを意味しています。この要因は様々なことが考えられますが、保健行動を大切にする日本人の特性もまたその大きな要因といえるでしょう。

鍼灸・漢方など伝統医療に期待
 日本人の、特に高齢者の保健行動を考えるときに、鍼灸・漢方をはじめとする統合医療や伝統医療の持つ意味は大きいと考えています。高齢者では慢性に経過する複数の疾病を持つことが尐なくありませんが、このような場合必ずしも急性期医療のような西洋医学だけでは対応できない事例が尐なからず存在し、鍼灸・漢方などの東洋医学の果たしている役割が非常に大きいということです。

 これまではその有効性を漠然と感じていた領域ですが、国はこの伝統医療や統合医療に対し、科学的なエビデンスの確立や、国際的な課題と対応や連携、情報の集約化と発信のあり方などについて、「漢方・鍼灸を活用した日本型医療創世のための調査研究」や「統合医療の情報発信等の在り方に関する調査研究」などの研究班を相次いで発足させ、伝統医学の強みを持つ「統合医療」を科学的見地から深堀し、高齢社会における国民の保健・医療・福祉に連携し健康寿命の着実な延伸を目指して、大きな動き、うねりが形成されてきているのです。今後ますます進行する高齢社会にあって、鍼灸をはじめとする伝統医療の健康寿命に対する意義は確実に高くなるものと期待されています。

(独立行政法人国立長寿医療研究センター所長
鈴木隆雄)

 高齢者が増えている中でも、特に要介護度が軽度<要支援1・2>の方が増加しています。それは、60歳より高齢の方の半数以上が、健康上、困っていることとして挙げている膝痛や腰痛、そして骨折などが原因で体を動かす機会が減り、体全体の機能が低下し、そのまま要支援状態になってしまうケースが非常に多いのが現状です。今後も増え続けるだろうことは明らかで、要支援状態にならないための予防策として、社会的に「介護予防」の概念が重要視されるようになりました。

<要介護(要支援)認定者数の推移>
厚生労働省平成22年6月発表発表「平成20年度介護保険事業状況報告(年報)」より

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 それでは、この介護予防の現場で、鍼灸師がどのようなに活躍しているのでしょうか。介護支援専門員(ケアマネジャー)として地域に貢献している(社)全日本鍼灸マッサージ師会介護事業推進委員の小川眞悟さんを訪ねました。

介護予防は東洋医学の得意分野 ~現場で活躍する鍼灸マッサージ師~

 「介護予防」とは、その言葉どおり“介護にならないようなカラダづくり”をめざすもの。これはまさに、東洋医学でいう“病気にならないカラダ作り=未病治”という基本的な概念と同じです。つまり介護分野、特に介護予防においては、鍼灸治療の歴史や、個々の鍼灸師がこれまで積んできた経験をもとに、活躍できる場が非常に多くあると考えています。

 多くの鍼灸師たちが介護分野の事業に参入したのは、2000年に介護保険制度が発足した時が大きなきっかけでした。私もそのひとりで、所属する団体とともに試行錯誤しながら介護事業を開拓し、今では地元、神奈川県川崎市の介護支援専門員連絡会の会長を務めています。介護保険制度発足から今年で10年。私自身の事例を元に、介護予防領域で活躍する鍼灸師の現状を紹介しましょう。

鍼灸師が活躍する現場の事例
 私は都内某病院のリハビリテーション部に勤務して、患者の機能訓練などを担当していましたが、状態が改善して退院して行った患者が、しばらくするとまた状況が悪化して再入院していることに気づきました。これは、患者が住む地域に、適切なリハビリを指導してくれる機関がないからだという結論に至り、地域密着型の鍼灸マッサージ治療の普及をめざして退職。住み慣れた神奈川県川崎市に鍼灸マッサージ治療院を開業しました。

 治療院での外来の他、訪問治療を始めると、外に出歩けなくなった高齢者の治療ニーズが非常に高く、保健所からの紹介や患者のクチコミで、地域内にすぐ広まりました。寝たきり状態
から起こる床ずれやむくみなどの二次的な疾病ケアには、血流をよくする鍼灸治療は有効です。また本来はまだ動かせるはずの体を、膝や腰の痛みが原因で運動しなくなって寝たきりになってしまったというケースには、鍼灸が得意とする痛みの緩和治療や、機能訓練の簡単な指導も行います。

 そして2000年の介護保険制度創設にむけて、介護支援専門員(ケアマネジャー)の資格制度が始まることを知り、猛勉強の末、1999年にケアマネジャー1期生として資格を取得。本格的に介護事業への参入を決め、その後、通所介護の事業所もスタートさせました。通所介護とは、一般的に日帰りの介護施設で、入浴や食事、機能訓練などのサービスを行っていますが、入浴と食事のサービスをなくし、機能訓練に特化した新しいスタイルの通所介護です。このスタイルですと、鍼灸治療院を尐し拡張し、バリアフリーに改装する程度で対応できるため、介護事業に参入する鍼灸関係者のモデルケースとなりました。通所介護の施設が整えば、居宅介護支援事業所や地域包括センターのケアマネジャーにアピールし、介護保険利用者のケアプランの中に組み込んでもらうことになります。

 鍼灸マッサージ師が介護分野で活躍している場として、もうひとつ、各自治体との連携があります。2007年介護保険制度の改正で、要支援や要介護予備軍の高齢者を対象にした地域支援事業として、各自治体では介護予防教室を導入しています。これまでは地元のスポーツクラブやNPO団体などが担当することが多かったところ、一般入札となり、鍼灸の業界団体も参入しています。健康相談やレクリエーション、機能訓練などの教室(1回90分)をプランニングして提出します。東洋医学の専門家として鍼灸マッサージ師による健康講話、高齢者の体を熟知した上での無理のない体操指導などが好評で、途中脱落者が尐ないことも評価され、継続して請け負っている事業所が多いと聞いています。

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地域と連携する介護支援
 介護支援では、地域との連携が最も重要です。訪問治療や通所介護など、地域のケアマネジャーのコーディネートのもと、ひとりの介護保険利用者のために組まれた、主治医、訪問看護師、ホームヘルパーらとの担当者会議に参加し、チームとして連携していかなければなりません。また自身がケアマネジャーの場合は、利用者の状態を見極めてケアプランを組み立て、チームを編成し、全体をコーディネートしていくことが求められます。

 人生のラストステージをどう過ごしてもらうか、そこに私たちが関わることの責任は重大です。私たちは、さらに地域社会との連携をはかり、街全体で高齢者をサポートする街づくりをめざしていきたいと思います。介護予防の概念は、私たち鍼灸師が得意とする「未病治」そのものであることをもっと行政や国民にも理解してもらい、今後も全国の鍼灸師・マッサージ師らとともに介護予防を支えていきたいと思います。

(全日本鍼灸マッサージ師会 介護事業推進委員
川崎市介護支援専門員連絡会 会長
メディケア鍼灸マッサージセンター
鍼灸・マッサージ師 小川眞悟)

参考文献:
医道の日本社「医道の日本」(2001年臨時増刊、2006年1月号・2月号、2010年5月号)
ヒューマン・ヘルスケア・システム「Senior Community」(2007年11・12月号、2008年1・2月号)
厚生労働省:介護・高齢者福祉 ホームページ [ http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/ ]

“日本の鍼”がサッカーワールドカップの審判団を支えた!
FIFAレフェリー支援プロジェクトメンバーの日本人鍼灸師

 今年6月11日から7月11日、南アフリカで行われたサッカーワールドカップで繰り広げられた熱戦の模様はまだ記憶に新しいでしょう。この間、ベスト16まで勝ち残った日本代表チームのほかに、このワールドカップの舞台裏で活躍した日本人がいるのをご存知でしょうか。予選から含め、全64試合を87名で最後まで担当する審判団。その審判団をサポートする専属の医療チームのメンバーに、鍼灸師や理学療法士として3名の日本人が参加しました。

 そのうちの一人、普段は東京メディカル・スポーツ専門学校の副校長であり、実は2002年のワールドカップ日韓大会から3回目のサポートチームメンバーでもある妻木充法(みつのり)さんにお話を伺いました。

選手以上の運動量が求められるサッカーのレフェリー
 今回のワールドカップでは、44カ国から87名のレフェリーが選抜されました。サッカーのレフェリーについてあまり知られていませんが、ここに面白いデータがあるので紹介します。

 試合中、主審はほぼ4秒ごとに動きの変化があり、1試合でなんと1,268回も方向転換をしているそうです。また外見からは見えませんが、審判同士のコミュニケーション用のヘッドホンセットやカウント用の時計など、装備が多く、その状態で選手とほぼ同様に、1試合9~13㎞程度走行するのです。また審判には交代がなく、選手や観客からのプレッシャーの中で、いかに身体面、精神面ともタフさが求められるかが想像できるでしょう。

 さらにレフェリーの平均年齢は、選手に比べて約10歳高い39歳。膝や腰の不調を訴えることが多いのも当然で、普段からの障害予防が非常に重要です。

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FIFAの取り組み
 特に国際試合において、試合の結果を左右することもあるレフェリーは、非常に重要なポジションです。国際サッカー連盟(FIFA)では、レフェリーのサポートを4つのカテゴリーで強化しており、その一つがメディカルチームです。今回は、ドクターと連携するメディカルパートとして、スポーツ理学療法士1名(スイス)、鍼灸師2名(日本)、マッサージ師1名(スイス)、理学療法士4名(日本1、南アフリカ3)の計8名がサポートしました。

 余談ですが、通常FIFAの国際大会では、試合が行われる開催地の理学療法士を招集します。私は、日本で行われた2002年のワールドカップ日韓大会、2005年のクラブワールドチャンピオンシップ(現・クラブワールドカップ)の際に審判団のメディカルサポートチームに入りました。私の施術に効果を感じたレフェリーたちの声が届き、後日FIFAから連絡が入り、以来、国際大会がある度に、審判団の帯同で世界各地に出向くようになりました。各国のドクターやメディカルサポーターと共に仕事をする機会は、非常に貴重な体験となっています。

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世界を見たからこそわかる日本鍼灸の今後の課題
 私が常々思っている今後の課題としては大きく二つあります。鍼灸師の育成、チームトレーナーの体制についてと、日本独自の鍼灸治療の啓発活動についてです。

 一つ目。鍼師、灸師の資格保持者は増えているのですが、マインドの低い人が多い気がします。鍼灸も人とのかかわりですから、最終的には技術や経験よりも、相手の気持ちを思うこと、自分自身は黒子に徹し、目立たぬようにサポートすることが非常に大切です。どちらかというと“治療”に専念しがちですが、トレーナー業務としては、選手が自立するために“指導”していけるような気質も必要で、この両者のバランスがとれるような人間が求められています。また、ドクターと連携していくには、東洋医学からの見地で西洋医学についても学び、同じ言語で対等に話せるようにならなければなりません。現在日本のチームトレーナーは、鍼灸・マッサージ師が非常に多い割合で入っていますが、世界の状況をみると、ドイツやフランスなど主にヨーロッパで見られるように、トレーナーとしてもっと理学療法士が入り、その上でアスレチックトレーナーと共に鍼灸師がチームの一員としてサポートする体制が作れるとよいのではないかと思っています。

 二つ目。近年、世界各国の選手やレフェリーのほとんどは、acupuncture(「鍼」を表す英単語)という言葉を知っていますが、同時に“痛い”“怖い”といういわゆる中国の鍼治療への先入観を持っていることがほとんど。そのイメージを持ったまま私の治療を受けると、鍼の痛みはなく、ほんの30分のコミュニケーションと簡単な治療でも効果が出るため、“Incredible!(信じられない!)”とやみつきになってしまうようでした。

 というのも、中国は国家戦略の一つとして、世界各国で伝統中国医学(Traditional Chinese Medicine=TCM)のセミナーを開き、啓発活動を行っているのです。「鍼治療」という言葉は、中
国鍼治療のことを示していることは既に世界の常識。中国の太くて痛い鍼や、鍼が穴位に達したときのだるい・しびれる・重い・脹る・冷たい・熱いなどの感覚を得る「得気(とくき)」が鍼治療だ、というようなイメージが先行してしまう前に、細い鍼や鍼管を使った日本独自の繊細な治療をもっと伝えていかなければならないという使命を感じています。スポーツ分野に限らず、国を挙げて日本独自の鍼灸を広めていきたいですね。

 今回お話を伺った妻木さんは、FIFAの国際審判をサポートするRAP(Refereeing Assistance Program)の委員のメンバー。取材日の翌週にはスペインに向かい、2010年大会の反省と、4年後の2014年ブラジル大会に向けた戦略会議がスタートするそうです。

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1. 8月9日は「はり(8)きゅう(9)・マッサージの日」全国各地で一般の方を対象にイベントを行いました

 全日本鍼灸マッサージ師会では毎年、8月9日の「はりきゅう・マッサージの日」の前後で、一般の方を対象としたイベントを各地で行いました。今年は北海道から沖縄まで、16箇所の各団体が、講師を招いたセミナーや、鍼灸治療の無料体験、親子イベントなど、工夫を凝らしたイベントを開催し、200名以上集まったものもありました。

 鍼灸治療については「興味はあったが未体験」という方が多く、今年も「はりきゅう・マッサージの日」を機に、広く一般に対して鍼灸治療の訴求を行うことができました。

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2. がんの苦痛緩和など、西洋医学を鍼灸治療で補完 三重大学医学部付属病院 統合医療・鍼灸外来を開設

 三重大学医学部付属病院(三重県津市)の麻酔科では今年の7月より、「統合医療・鍼灸外来」を始めました。西洋医学中心の大学病院で、鍼灸の専門外来を設置するのは全国でもまだ珍しいケースです。

 実際の施術は、東海地区で初めて鍼灸学部を開設し、現在三重大学と包括連携協定を結んでいる鈴鹿医療科学大学(三重県鈴鹿市)の学部長他、5名が担当しています。外来と併せて入院中の患者にも治療を行っていますので、術後の疼痛、がん性疼痛、および抗がん剤副作用による食欲不振や倦怠感などが多いことが特徴です。

 入院中に治療を受けた方の多くが、退院後も治療を続けたいので自宅近くの治療院を紹介してほしいと要望され、積極的に紹介しています。

 鍼灸外来を始めるに当たり、まず病院内での理解と普及を図るために、三重大学職員、および病
院職員を対象に、今年4月の一ヶ月間、鍼灸治療を無料で行いました。治療を受けた約120名の方にアンケートを行ったところ、98%の方が満足し、不満は一人もいませんでした。今回受診した80%の方は鍼灸治療を受けるのが初めてだったというデータも出ており、今回の新しい取り組みが、さらなる鍼灸治療の普及啓発の一助になることを願っています。

診療に関する詳細は、以下のホームページをご覧ください。
⇒三重大学医学部付属病院 [ http://www.hosp.mie-u.ac.jp/ ]
(鈴鹿医療科学大学鍼灸学部鍼灸学科 学部長 佐々木和郎)

 
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